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「また作ってね、ママ!」
「はいはい」
「僕も、また食べたいです」
「……じゃあ、また作りますね」
「約束ですよ」
「はい」
なんだか約束がどんどん増えていく。 またカレーを作る――失踪した前の夫は、甘いカレーを嫌った。 辛い物が好きだったから、陽奈が好きなカレーは食べなかった。 ゼリーをはんぶんこするなんてことも、してくれなかった。 それが、別の人と食卓を囲んで、家族団らんを感じるなんて。「しゃちょーさん、あそぼ!」
<「ママ、どうしたの?」「な、なんでもないよ!」「おかお、あかいよ?」「えっ!?」 思わず両手で頬を押さえた。 すると、真人さんがくすっと笑う。「葵さん、そんなに照れなくても」「て、照れてません!」「そう?」「そうです!」 もう! 真人さんまでからかわないでよ!「ママ、しゃちょーさんのこと、すき?」「ええっ!?」 ちょっと待って! 陽奈、なんてこと聞くの!?「ひなは、しゃちょーさんだいすき!」「ありがとう。僕も陽奈ちゃんが大好きだよ」「ママは?」「えっ、私!?」 陽奈が大きな目で私を見上げる。 どうしよう。 ここで嫌いなんて言えるわけないし、そもそも嫌いじゃない。 むしろ……。「ママも、しゃちょーさんのことすきでしょ?」「そ、それは……」 真人さんが私を見る。 やだ。 そんな顔で見ないで!「……うん。好きだよ」 小さな声で答えた。 すると、陽奈が嬉しそうに笑った。「やったあ! みんなだいすき!」「そうだね」 真人さんも笑っている。 でも、なんだろう。 さっきより、ちょっと嬉しそうな気がする。 ……気のせいかな?「葵さん」「は、はい!」「ありがとう」「……え?」「好きって言ってくれて」「っ……!」 だから! そういうこと言わないでよ! 真人さんは
保育園に着くと、陽奈はお友達と一緒にお絵描きをしていた。「陽奈」「あっ! ママぁ!」 私を見つけた途端、ぱあっと顔を輝かせる。 そして、持っていたクレヨンを置いて、こちらへ走ってきた。「ママ! おむかえ!」「うん。お待たせ」 ぎゅっと抱きしめる。 温かい。 陽奈の小さな身体が、私の腕の中にすっぽり収まる。 よかった。 今日も無事に会えた――それだけで、涙が出そうになる。「ママ?」「ん?」「どうしたの?」「……なんでもないよ」 陽奈の髪を撫でる。「今日は何して遊んだの?」「おえかき!」「そうなんだ。何を描いたの?」「ママと、しゃちょーさんと、ひな!」「えっ?」 陽奈が嬉しそうに教えてくれる。「みんなで、おててつないでるの!」「そうなんだ」 陽奈が私の後ろを覗き込む。真人さんに気が付いたようだ。「あっ! しゃちょーさん!」「陽奈ちゃん、こんにちは」「しゃちょーさんも、おむかえ!?」「そうだよ。今日は僕も一緒に来たんだ」「やったあ!」 陽奈が真人さんに飛びついた。「おっと!」 真人さんが笑いながら受け止める。「今日も元気いっぱいだね」「うん!」 その光景を見ているだけで、胸が温かくなった。 真人さんは、本当に陽奈をかわいがってくれている。 陽奈もすっかり懐いてしまった。「これみて~。かいたの」「えー、うまいね。僕のことも描いてくれたの?」「うんっ!」「そうだ、陽奈ちゃん」「なあに?」「今日はプレゼントがあるんだ」
そう考えるだけでぞっとした。 もかちゃんは、陽奈が肌身離さず持ち歩いているもの。 ストーカーなら、それを知っていてもおかしくない。「……葵さん?」 真人さんに声をかけられて、はっとした。「あ、ごめんなさい」「大丈夫?」「うん……」 まだ、何もわかったわけじゃない。 偶然かもしれない。 花菱さんが、ただキャラクター好きなだけかもしれない。 でも、大人の男の人がそんなのしょっちゅう見に来て買うものなの? どうして、こんなに気になるんだろう。「サトさん、ありがとうございました」「いえいえ! また陽奈ちゃんと一緒に来てくださいね!」「はい」 私たちは店を出た。「葵さん。花菱は、初めて来たって言ってたよね」「……うん」「でも、実際にはよく通っている常連だった」「そうだね……」「どうして嘘をついたんだろう」 私は首を横に振った。「わからない……」 寄り道をしていたのがバレたから、焦って誤魔化しただけなのかな。「真人さん……」「うん?」「私、花菱さんがもかちゃんを好きだなんて、全然知らなかった」「そうだね」「陽奈も、もかちゃんが大好きなの」「うん。知ってるよ」「だから……なんだか、怖い」 真人さんが私の肩をそっと抱いてくれた。「まだ決めつけない方がいい。でも、気をつけるに越したことはないね」「……うん」「川原にも確認しておくよ。今日の外回り先と、商談が終わった時間を」
「……真人さん」 「うん?」 「私、ひとつ気になることがあるの」 「なに?」 「サトさん――さっきの店員さんなら、花菱さんのことを知ってるかもしれない」 真人さんが少し考える。 「そうか。花菱が本当に初めて来たのか、確認できるかもしれないね」 「うん。聞いてみてもいいかな?」 「もちろん。僕も一緒に行くよ」 私たちは、もう一度リトックへ戻ることにした。 店の外から中を覗く。 花菱さんの姿は……ない。 よかった。 ほっと胸を撫で下ろしていると、サトさんが私たちに気づいて手を振ってくれた。 「あら、相沢さん! お忘れ物ですか?」 「あ、いえ。ちょっと聞きたいことがあって……」 「はい、なんでしょう?」 私は少し迷った。 こんなことを聞いたら、変に思われないかな? でも、気になる。 「あの……さっき、私たちと話していた男性なんですけど、彼のこと、ご存じですか?」 「知っていますよ」 「えっ!?」 思わず声が出た。 「サトさん、あの人をご存じなんですか?」 「もちろんですよ!」 サトさんがにこっと笑う。 「よく来てくださるお客様ですから」 「……よく?」 「はい。しょっちゅう通ってくださってますよ」 「…………」 しょっちゅう? 私は真人さんを見た。 真人さんも驚いたように眉を上げている。 「僕は彼の会社の雇い主になります。ここで聞いたことは内密にしますので、正直に教えていただけませんか。実は彼、営業の外回り中なんですよ。まあ、業務終わりだとは思いますが、ここにはどのくらいの頻度でいらっしゃるんですか?」真人さんがうまく尋ねてくれた。 「そうですねえ。新商品が発売されると、だいたい来てくださいますね」
「店の外に、花菱がいる」「――!」 花菱さんがどうして!?「こっちを見てる。気づいていないふりをして」「……う、うん」 必死で頷いた。 真人さんが私の手を握り直す。「大丈夫。僕がいるから」 その言葉に、なんとか平静を取り戻そうとする。 でも、どうして花菱さんがここにいるの? 今日は外回りだって聞いていたのに。 偶然? それとも、私たちのあとをつけてきた?「……あ」 真人さんが小さく声を漏らした。「どうしたの?」「こっちに来る」「えっ!?」「大丈夫。普通にしていて」 普通にって言われても! こんな状況で普通になんてできないよ! すると、背後から聞き覚えのある声がした。「あれ? 社長じゃないですか!」 ひっ! 思わず肩が跳ねた。「おや、花菱君。奇遇だね」 真人さんは何事もなかったように振り返る。 す、すごい。 さっきまで警戒していたのに、もういつもの社長の顔になっている。「相沢さんも一緒なんですね。こんなところで何してるんですか?」「あ、えっと……」「見てのとおり、買い物だよ」 真人さんが答えてくれた。「へえ。ぬいぐるみですか?」「うん。娘へのプレゼントをね」「娘?」 花菱さんが目を丸くした。 そして、私を見る。「ああ、相沢さんのお子さんですか」「……はい」「そういえば、お二人ってお付き合いされてるんでしたっけ?」「そうだよ」 真人さんが即答した。「今は一緒に暮らしているからね」「へえ……」 花菱さんの視線が、私たちの繋いだ手に落ちる。 なんだろう。 嫌な感じ。「それにしても、相沢さん。最近、社宅で見かけなくなりましたね」「……え?」 どくん。 心臓が跳ねた。「そうなんですか?」「ええ。前は時々お見かけしたんですけど、最近は全然」 花菱さんが笑う。「もしかして、もう社宅には戻らないんですか?」「…………」 え? どうして、そんなことを聞くの? 今日、私の部屋が荒らされていた。 そのことは、まだ会社の人たちには話していない。 それなのに。 どうして今、社宅に戻るかどうかを気にするの?「花菱君」 真人さんが口を開いた。「今日は外回りじゃなかった?」「ええ。ちょうど商談が終わったところでして」「そうなんだ。取引先はこの近く?」「はい。駅の向こ
どうしよう。ものすごく嬉しい。 陽奈のことを、娘って言ってくれた。 ほんの一言なのに、こんなに胸が温かくなるなんて。「それは素敵ですね! かわいくラッピングさせていただきます!!」 サトさんが嬉しそうに笑った。「ありがとうございます。よろしくお願いします」 真人さんも笑顔で答える。 ああ、もう。 なんだか本当に家族みたいじゃない。 もしも、真人さんが本当に陽奈のお父さんだったら……。 朝は3人でご飯を食べて、陽奈を保育園へ送って、それぞれ仕事へ向かう。 夜は一緒に食卓を囲んで、今日あったことを話して。 休日には3人でお出かけしたりして……。「…………」 って、なに考えてるの、私!! いくらなんでも想像が飛躍しすぎ! そもそも、真人さんは期間限定の偽装恋人なんだから。 ストーカーが捕まったら、私たちは元の関係に戻る。それなのに、こんなことばかり考えていたら、別れる時に辛くなっちゃうじゃない。「葵さん」「は、はい!」 真人さんが私の顔を覗き込んでいた。「どうしたの? さっきから考え事ばかりしてるね」「な、なんでもないよ!」「そう?」「うん!」「……僕と一緒に買い物するの、嫌だった?」「えっ!?」 思いがけないことを聞かれて、慌てて首を振った。「そんなことない! すごく楽しいよ!」「本当?」「もちろん! 真人さんと一緒に選べてよかったって思ってる!」 思わず勢いよく答えてしまった。 すると、真人さんが嬉しそ